平成21年度部課長研修 知事講話

ページ番号1050011  更新日 令和4年2月9日

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とき:平成21年7月17日(金曜日)
ところ:岩手情報交流センター アイーナホール
演題:「岩手県I援隊化構想」

「岩手県I援隊化構想」

 「岩手県I援隊化構想」という本題に入る前に、全国知事会でおもしろいことが決まりましたので、紹介をしたいと思います。

 何が決まったかといいますと、「この国のあり方に関する研究会」というものが全国知事会の下に設置されることが決まりました。平成20年度全国知事会自主調査研究委託事業調査研究報告書「地方分権型の『ほどよい政府』を 21世紀日本の福祉国家と地方政府」という報告書が今回の全国知事会に提出されまして、この報告書をベースにして、この国のあり方について議論していきましょうということであります。

 どういう人たちがこの調査研究を委託されたかといいますと、関西学院大学人間福祉学部教授の神野直彦先生、最近売り出し中の北海道大学法学部の宮本太郎教授、それから神野先生と一緒に『希望の構想』という本を出している井手英策慶応大学経済学部准教授。神野先生、井手先生ペアと最近人気急上昇の宮本太郎教授の3人でまとめた調査研究報告書をもとに、この国のあり方に関する研究をしていこうという研究会が設立されました。

 私は、今回の全国知事会の最大の成果というのは、この研究会の設置ではないかと思っております。研究会で議論をして、来年春をめどに研究成果を取りまとめるということになっているのですけれども、きちんと取りまとめを行うと、日本を変える、地方が主人公の日本にしていくための大きな前進になると考えております。

 また、興味深いのは、この報告書はかなりというか、正面から、いわゆる小泉構造改革を批判しています。小泉構造改革で日本が非常に悪くなってしまった。なぜそういうふうに悪くなってしまったのかというのを非常に論理明快、わかりやすく書いておりまして、全国知事会として、こういう報告書をベースに研究会を設置するというのは、かなりすごいことだと思っております。

 結構、この報告書の中身は、宮本太郎節が響き渡っております。ちょうど私はこの宮本太郎さんが最近出した『福祉政治』という本を読んでおりまして、『福祉政治』の中に書いていることがかなりそのままこちらの報告書にも書いてあるので、これ知っている、これも知っているという感じで読みました。この宮本太郎という人は、最近連合と民主党とで公共サービス基本法案を作る作業に協力する一方で、麻生首相の下、増田寛也前知事が事務局になってつくられた「安心社会実現会議」にも参加しており、「これからの安心日本構想」の柱になる部分は実は宮本太郎さんの考え方から採られているところがあります。そういう意味で、今の日本において、与党野党を超えて、これからの日本かくあるべしという道筋を示している、そういう学者さんでありまして、それが今の与野党、どっちの立場からしても、やはり小泉構造改革批判というようなスタンスになってしまうというところが今の日本の置かれた状況なのだなと思います。

 簡単にこの報告書の中身を紹介しますと、国民、地方住民の生活を守るための政策というのは、社会保障・福祉と、あとは経済・雇用政策の組み合わせで見ていかなければならないという、そういう視点に基づいています。

 この視点が、言われてみればそのとおりなのですが、非常に新しい視点だと思います。よく福祉国家かどうか、小さな政府か大きな政府かという時に、ともすれば社会保障とか福祉の体制だけ見てしまうのですけれども、同時に経済政策、雇用政策も見ていかないとだめだという視点が基本になっています。宮本太郎教授の言葉を使うと、福祉レジームと雇用レジームの組み合わせで、生活を保障する政策のあり方が決まってくるということであります。

 そういう2つの軸の組み合わせで日本の政策を見ていきますと、かつては財政投融資の資金を使って公共事業をどんどんやるといったように、税金を余り上げないようにして、借りたお金で経済政策をどんどんやって、それによって高い雇用水準を維持する。そして大企業においては終身雇用制と充実した企業内福祉の組み合わせによって、まず大企業に入れば、これは男性が念頭にあるわけですけれども、そういう男手、稼ぎ手が会社に入って、そして給料や福利厚生で家族の分まで面倒を見ることができるような、そういう待遇を受けて、その分社会保障や福祉は手薄であっても構わないという時期がありました。

 また、中小企業についても、なるべく終身雇用的な、親方と徒弟みたいな家族的な雰囲気の中、加えて中小企業に対しては国からのいろんな補助事業、これは中小企業金融であったり、商店街とか、商工会議所、商工会を通じたいろんな手当て、措置がありました。そしてあとは公共事業ですね。公共事業というのが特に地方の建設業界を中心とした中小企業対策として、非常に有効な経済、雇用政策であって、それで働いて稼いで食べていけるということで、余り社会保障や福祉は手厚くなくても済んでいた。

 企業の社員の家庭ではお嫁さんがうちの中で家を守り、家族の世話をするというような、そういう男女の明確な役割分担があって、企業主導に家庭というものがそれを支える、そういうところで生活全体が保障されていた。そういう時代が日本の特徴で、長く続いていたということなのです。

 それが最近になって、まず財政投融資のような借金で公共事業をするのはよくないということから、お金を調達する源の郵政事業は民営化。そして、公共事業はもう減らしましょうということで、大体半分くらいの水準になっている。いろんな中小企業を支援する政策も市場原理に変えていって、そういう保護的な政策は止めましょうということで、経済、雇用政策で生活を保障していくようなところがどんどん減っていっている。それと平仄を合わせるようにして、大企業も終身雇用的な慣行をどんどんやめていく。能力主義に切りかえたり、あるいは正規雇用と非正規雇用を使い分けて、非正規雇用については企業内福祉というものから外れた雇用の仕方をやっていく。こうやって大企業、企業内福祉もどんどん細っていくし、また地方の中小企業に対する支援も公共事業を含めて減っていく。

 その分社会保障、福祉政策を充実させていけば、生活を守ることはできるのですけれども、これも逆にどんどん減らしていったということですね。財政再建という大義名分のもとに医療費を抑制したり、その他社会保障費全般も抑制。福祉の分野でも自己負担とか自立とかということに重点。雇用レジームにおいてもどんどん生活保障を縮小し、一方で福祉レジームにおいても低い水準の体制をそのまま、あるいはさらに低くしていくということが進んでいったがために、今世紀に入ってからの日本というのは暮らしの現場も仕事の現場も不安定。将来は不安、希望が持てず、格差は拡大。そして、景気が低迷して税収も伸び悩みますので、国や地方の借金はかえって増えていくという悪循環となるということで、今何で日本がこういうことになってしまったのかということについて、非常に明快な分析を行っております。

 そして、これからどうすればいいのかということについても、はっきり方向性が示されています。まず、雇用レジームの立て直しという観点については、21世紀は情報化社会でありまして、これからは教育・訓練で働く人一人一人の能力を伸ばしていき、就職、あるいは再就職をするという、教育・訓練を軸にした雇用政策が、雇用レジームの中心になっていくべきということであります。

 福祉レジームについては、現金給付は国がやり、サービス給付は地方自治体がやる。これは神野直彦先生が常日ごろから言っていることですけれども、年金とか社会保険のような現金給付は、これは国がやっていかなければならないので、これはこれで大事でありますけれども、より大事になってくるのがサービス給付の部分です。医療、介護、子育て支援、そういう体や心が弱くなっている人たちをちゃんと守り、回復させ、できれば労働市場の中に入っていけるようにする、働いて稼げるようにする。そして、女性がやはり労働市場の中にちゃんと入っていけるようにする。そういったことは、地方自治体がやっていかなければならないことでありまして、雇用レジームにせよ、福祉レジームにせよ、地方が主人公になっていかないと、うまくいかないのだということであります。そして、地方がそういった雇用レジーム、福祉レジームの立て直しを通じた生活の安全保障をきちんとやっていくために、必要な財源をきちんと確保できる仕組み、そういう税制の抜本改革をやりましょうという話になっております。

 これは、県の新しい長期計画素案で示している今の日本の問題点や岩手のあるべき姿、そして主な政策と方向性は一致していると思います。象徴的なのは、やはり神野先生、井手先生ペアで、『希望の構想』という、希望をスローガンにした本を書いているというところが象徴的だと思います。また、報告書の「はじめに」の冒頭に、危機というのはもともと医学用語のクライシス、病気が急変して、ほっとくと死んでしまうけれども、適切な処置をすれば治って元気になるという、その分かれ道のことだということが書いてあります。これは、私が一昨年、知事就任の時の最初の知事訓示で話したことではないかと思っているのですけれども、いずれそういう危機を希望にするという観点からすれば、ようやく全国知事会が岩手県に追いついてきたかなというふうに思っておりまして、知事会の研究会が研究成果を取りまとめるのは来年の春でありますから、それに先んじて岩手の方が長期計画をきちんと決めて、それに基づくアクションプランを走らせることから、こちらの方が先に動き始めるわけです。全国知事会の方でも研究、そして計画の策定、さらにそこからいろんな具体的なアクションも出てくると思いますけれども、常に岩手の方がいろんな計画の策定や改革的な政策の推進ということで、半歩、一歩先んじるような格好で今後進んでいくと思います。

 そこで、今日のテーマの「岩手県I援隊化構想」でありますけれども、そういう一歩先んじて進んでいく岩手のありようというのを実現していくためのまずは県のあり方ということで、この「岩手県I援隊化構想」というものを考えてみましたので、それを紹介いたします。

 A4、1枚紙のレジュメが皆さんのお手元にあると思いますけれども、「岩手県I援隊化構想」、まずは県職員、県組織がI援隊になっていこうという構想であります。しからばI援隊とは何か。I援隊というのは海援隊のもじりでありまして、坂本龍馬の海援隊の海という字を「I」にかえたのがI援隊であります。I援隊の「I」はどういう意味かというと、これは岩手のIであります。ついでにラブの愛もかけてあります。I援隊というのは、まずIを助けるという意味でもあるのですけれども、より本質的にはIから助ける隊。これは海援隊というものが、あれは海を助けようとする隊ではありませんで、海から土佐藩を助けるとか、海から日本を助けるとか、あるいは何かやろうとしている人を海から助けるというのが海援隊という名前の意味でありますので、そういう意味で岩手から、あるいは愛情のIから何かやろうとしている人たちを助けたり、また日本全体を助けたりというようなものであります。

 I援隊の使命、「ゆたかさ、つながり、ひとをはぐくむことがI援隊の使命」ということであります。豊かさ、つながり、人をはぐくむというのは、これは長期計画素案の基本目標に書いてあります。あちらには、豊かさをはぐくむ、つながりをはぐくむ、人をはぐくむという順番で書いてあるのですけれども、I援隊の使命としてはまず人をはぐくむと、そして人をはぐくむこととつながりをはぐくむことで豊かさをはぐくむ、そういう順番に考えるとわかりやすいのではないかと思います。人をはぐくみ、またつながりをはぐくみ、そして豊かさをはぐくんでいくということであります。「簡単に言うと、人のつながりで豊かさを実現する」ということなのですけれども、豊かさを実現するというのがやはり目標の要でありまして、最終的な目的といいますか、そういう意味で豊かさをはぐくむというのがこの3つの視点の一番最初に来るというのは意味があるのだと思います。

 県というのは、ともすれば決められた法令、条規に従い事務を執行するというのが役割で、その結果については責任を持たないというような運用がなされることがあるのですけれども、やはり結果に責任を持っていこうではないかということであります。県民の豊かさ、さらにはこの岩手から日本の豊かさとか世界の豊かさというものを実現させていこう。そして、その時豊かさというのが単なる物質的な豊かさではなくて、文化や伝統、また豊かな自然の中で暮らすことができる等そういう精神的豊かさも含み、かつ物質的豊かさと精神的豊かさの調和の中に真の豊かさがあるというような話は、長期計画の素案の中にきちっと説明されていることだと思います。

 坂本龍馬の海援隊も、まず人を育てるということをやっているわけです。もともと向上心とか向学心に燃える人たちの集まりなのですけれども、海援隊というのは教育機関でもあります。ルーツは、勝海舟が神戸に作った海軍操練所なのですね。幕末に勝海舟が将軍家茂公に建言して、「よし作っていいよ」とうことで作った海軍操練所。そこでは幕府だけではなく、もう何藩からでもいいから集まってこいと。そういう中で塾頭を坂本龍馬がやっているのですね。勝海舟が塾長で、塾生代表・塾頭が坂本龍馬、その後明治政府でも活躍する陸奥宗光も後に参加していますし、いろんな藩から来て勉強していたのが神戸の海軍操練所でした。これが池田屋事件で新選組に切られた薩長の浪士の中に海軍操練所の生徒がいたということで、海軍操練所はお取りつぶしに遭ってしまうのです。

 それでももっと船のことを勉強したい、海軍のことを勉強したい、あとは外国語を勉強したい、そして貿易を勉強したいという人たちが坂本龍馬を中心に長崎でつくったのが亀山社中という団体です。この亀山社中を土佐藩が引き受けて、土佐藩正規の組織として認めたのが土佐海援隊なのですけれども、亀山社中でも皆かなり、外国語勉強したい人は勝手に長崎のオランダ人のところに行ってオランダ語を学んだり、自由に勉強して、何かやろうといった時は坂本龍馬のかけ声のもと一緒にビジネスをする。それで長州藩の米と薩摩藩がイギリスから買った鉄砲を交換して、長州が長州征伐で負けない、むしろ勝ってしまうという、そういう展開を実現したりするのが海援隊なのです。そういう意味で海援隊は教育機関であったのですが、ネットワーカーであり、また総合商社でもあった。

 ネットワーカーというのは、人と人をつなぐ、組織と組織をつなぐ、そういうネットワーキングを生業、あるいは生きがいとするような人や団体をネットワーカーと呼ぶのですけれども、海援隊の典型的なネットワーキングは、薩摩と長州を結びつけて薩長同盟を実現させ、それが倒幕、明治維新につながっていったということでありました。また、薩摩が鉄砲を買うのはイギリスから買うのですけれども、通訳をしたのは海援隊の人ではなかったかな、そういう日本と外国をつなぐようなこともしておりますし、またネットワーキングというのは、ビジネスの方向で発展させると総合商社の仕事になっていくわけであります。

 そして、海援隊というのは人々の意識を改革して、社会や国を改革する先駆けでもあったわけです。明治維新を実現していくために重要な役割を担いましたし、またその中で四民平等とか、明治維新後に採用される政策のかなりの部分を海援隊が自分たちの行動で示したり、また坂本龍馬の船中八策という、マニフェストですね、そういう政策パッケージ等で示したりしたわけであります。

 県というのもこういうものであったほうがいいのではないかなと思っております。県というのもやはり教育機関、そもそも県で働こう、県職員になろうというところから、普通の人以上の向上心、向学心を持っている人たちが参加してできている組織であります。また、県職員になった後も自分の仕事上の専門あるいは自分の関心のある分野、また人とのつき合いの中で自然に広がっていく、そういう関心の分野、そうしたところをどんどん育てながら自分の力を高めていく、県というのはそういう教育機関なのだと思います。

 そして、県というのはネットワーカーでもある。これは県職員一人一人がネットワーカーであるという意味と同時に、県組織というものが人と人、組織と組織、そういうのをつないでいくネットワーカーである。これは、もう一昨年、去年と、いわて希望創造プランの中でいろんな事業、かなりネットワーキング的な仕事が増えていると思います。振興局毎のネットワーク作りもそうでありますし、農林水産業にせよ、商工観光にせよ、何か詳しい人と豊かな資源と、そこを結びつけてビジネスチャンスを切り開いていく。生産の現場と消費の現場をつないで、そこで生産者の所得の向上につながるビジネスを切り開いていく。福祉や教育や、また男女共同参画、そういう生活関係、あと環境の分野もそうですね。それらにおいても人と人とつないでいく、組織と組織をつないでいく、それが問題の解決につながっていく。そういう仕事が既にもう増えてきていると思います。これからますますそういったところが重要になっていくのではないかなと思っております。

 そして、やはり県職員というのは、そして県という組織は人々の意識を改革し、社会や国を改革する先駆けでもなければならないと思います。冒頭全国知事会の報告書を紹介しましたけれども、やはり地方から日本を変える、そういう責任感と、あるいは進取の気性というのでしょうか、そういうものが求められていると思います。

 地方から日本を変えるということについて、今朝の岩手日報の「現論」という、当代一流の有識者の皆さんが順に論説を書くコーナー、今朝は佐伯啓思さん、社会学、経済学の専門家ですが、佐伯啓思さんがこういうことを書いていました。「橋下知事や東国原知事の個人的な資質や抱負についてはよく知らないが、今日の地方分権が中央主導であることは最初からわかり切ったことで、何も今さら声を大にして言うことではあるまい。それにもかかわらず、地方にあって地方行政に全力を尽くすという姿勢が、彼らを地方の首長の座に着かせたのだから、ここは当然地方にあって反中央の姿勢を貫くべきであろう。地方から国を変えるといっても、いわば地方をだしにして国政へ影響力を行使するというわけで、それ自体がどこまでいっても中央集権的な発想と言わざるを得まい」。

 これは、全国知事会としても肝に銘じて注意していかなければならないと思うのですが、うっかりすると地方から国を変えると言いつつ、地方のことを置き去りにして、何か地方の首長が国のことに首を突っ込んで、それでうまくいくならいいのですけれども、結局何も変わらないで、あるいはその間に地方のほうがどんどん悪くなってしまうというようなことになってはいけないので、地方から国を変えるという場合には、地方が変わることで国を変えるということでなければだめだと思っております。地方が変わることで国を変える。暮らしの現場も仕事の現場も地方にあるわけです。暮らしや仕事がよくなっていかなければ、日本全体がよくなるとはならないわけでありまして、それぞれ地方が自分のところの地方をよくしていく、暮らしや仕事をいい方向に変えていく。そして、それができるように地方自治体の組織や、またそこで働く人たちも変わっていくということが日本中で起きたときに、日本が変わっていくのだと思います。

 もちろんいわゆる中央で働いている人たちは、そういう変化を引き起こすきっかけや、あるいは決め手を、中央で何かしようということで、それはそれで真剣に、あるいは命がけでやっているのでありますから、そちらはそちらで期待もしたいところなのですけれども、地方から国を変えるという場合には、まず地方を変えるということなのだということを肝に銘じておきたいと思います。

 話をもとに戻しまして、I援隊の今日的な意義についてでありますけれども、「I援隊は真の豊かさをクリエイトする開かれた共同体であり、21世紀の地方行政のビジネスモデルたるべきコミュニティ・ソリューションの公的事業体である」難しい言い回しなのですけれども、真の豊かさをクリエイトする開かれた共同体、まず目指すものは真の豊かさだということです。そして、それはクリエイトしていかなければならない。創造的につくり出されなければならないということでありまして、決まったことを決まったとおりにやっているだけでは、なかなか今の時代、真の豊かさというのを生み出していくことは難しい。言いかえると、県の仕事というのはクリエイティブでなければだめだと思うわけであります。開かれた共同体というのは、海援隊が何藩の人でも入ってきていいし、脱藩者でもいいですよと言っていたように、県の仕事も狭い県職員だけでやっていくという感覚ではなく、県職員以外の人たちとも一緒に仕事をしていく、という開かれた仕事の仕方をしていかなければだめなのではないかなと思うわけであります。

 コミュニティ・ソリューションの公的事業体という言葉の意味ですけれども、コミュニティ・ソリューションというのは、慶応大学の金子郁容先生が使って流行らせた言葉でありますけれども、片方に行政による問題の解決、その反対側に市場による問題の解決、その中間に、つまり権力による問題の解決と市場原理に基づくお金による問題の解決の中間に、官と民が対等な立場で一緒になって作っていく問題解決というのがあるのではないか。それがコミュニティという現場で行われるので、コミュニティ・ソリューションと言うのですけれども、ますます県の権限行使だけでは解決しない問題が増えていくと思いますし、だからといって全部官から民へ、市場原理といって市場に任せていれば解決するかというとそうではなく、その中間的な、市場原理もある程度生かしつつ、民間の人たちのNPOの活動とか、そういう自由な住民の活動も生かしながら、同時に行政の権限行使的なことも一緒にやっていく。税金で集めたお金を予算として執行していくというのは、これは極めて権力的な営みなわけですけれども、そういう公のお金も使いながら問題を解決していく。そういうところに公のあり方ですね、ともすると官イコール公みたいな、公と民みたいな言い方がされたりするのですが、実際には官と民が対立的に、あるいは並列的にあるのであって、公というのはそれを包括したものだと思うのです。そういう本当の公の事業というのを官と民が一緒にやっていく。今も岩手県では地域経営という表現でそのことを言っているわけですけれども、それと同じことであります。

 レジュメには、商人資本、工業資本、金融資本、情報資本の段階論の話とか、あとは創造的自由主義という、そういう政治思想の話も書いています。この創造的自由主義というのは余り広く使われてはいない言葉で、世界全体では社会自由主義という言い方をされることが多いです。

 ソーシャル・リベラリズム、社会自由主義、これは古典的な自由主義ではなくて、個人の自由を守るためには、やはり基盤となる社会を守らなければだめだということで、教育とか福祉とか、あるいは環境とか、そういったこともちゃんと守っていかないと個人の自由も守れないのですよという社会自由主義が実は世界的にはリベラリズム、リベラルの主流になっております。イギリスで今労働党に取って代わって、政権交代をしようとしているイギリス保守党ももともとは古典的自由主義をがんがん訴えていたのですが、今のデービッド・キャメロンという、私より若い党首の下で、そういう社会自由主義に舵を切って、それで一足先に社会自由主義的な政策をブレア首相の下で展開していた労働党に取って代わろうとしております。

 日本では、古典的自由主義以上に市場原理優先、という極端な、いわば原理主義的自由主義というのが今世紀に入って猛威を振るっていたのですね。古典的自由主義ですらキリスト教的な、それこそ友愛の精神であったり、またイギリスジェントルマンの田舎の自然を守って、バランス感覚ある生き方を善しとする価値観の上で個人の自由ということを言っていたのが、最近の日本で流行っていたネオリベラリズム、新自由主義というのは、実は古典的自由主義以上に原理主義的な極端な自由主義だったのです。そういうのは、実は世界的には日本以外では、アメリカの一部でちょっと言われたくらいで、ヨーロッパではほとんど振り返られないような考え方でありまして、今のアメリカ、オバマ政権も、あれは社会自由主義的な理念、政策と言っていいと思います。ただ、日本国において社会自由主義というと、何が何だかわからない。誤解も招きかねないので、私は一人で創造的自由主義という言葉を使っているのですけれども、興味、関心のある人はウィキペディアで社会自由主義と調べると詳しい説明を読むことができます。

 I援隊の活動として、「I援隊は人と世の中のあるべき姿をビジョンとして提示し、合意に基づいて資金を調達し、人とつながりに投資をして豊かさをはぐくむ。I援隊は開かれた結社であり、志を同じくして共に活動する者は誰でも、県職員ではなくてもI援隊の隊員になれる」今まで言ってきたことを繰り返しているのですけれども、合意に基づいて資金を調達するというのは、議会の決定に基づいて課税し、税金を頂くということもその一環なのですけれども、それ以外にも何か投資してもらうという、民間感覚的なお金の集め方、資金の調達の仕方というのもどんどん工夫していかなければならないのかなと感じております。

 これは、私が常日ごろから言っていることですけれども、世界全体ではお金があり余っているのですね。日本国においてもお金は余っています。アメリカに貸しているし、中国等にもODAで貸している。お金が無いのは、日本の政府と地方自治体がお金が無いのであって、日本全体としてはお金はあり余っているわけです。もちろん格差社会が進んでおりますから、ワーキングプアとか、非正規雇用の皆さんや、また職に就けない人たちとか、お金に不自由している人たちはものすごく沢山いて、それは問題なのですけれども、一方あるところにはもう本当に余っていて、何に使っていいかわからないという状態でお金があり余っている。世界全体では、あり余ったお金が原油に流れて原油高になったり、穀物に流れて穀物高になったり、また誰かに貸したい、どこに貸していいかわからなくて、アメリカの住宅ローン、本当は返せないような人たちにまで住宅ローンを貸し込んでしまったのが今回のサブプライムローン崩壊の原因なので、そのようなあり余っているお金を何か実のあるところに持ってくるという工夫を、やはり県としてもしていかなければならないのだと思います。

 さて、I援隊化した岩手県の未来ということで、「I援隊化した岩手県は県ぐるみで脱藩ならぬ脱県を果たす。幕末の雄藩が率先して版籍奉還、廃藩置県を進めたように、今日の雄県・岩手県は、率先して古い県から脱皮する」坂本龍馬が脱藩して入った海援隊というのも、形式的には土佐藩の下に置かれるのですけれども、もう土佐藩だけの海援隊ではなく、またそもそも江戸時代の封建制度の論理と全然違う論理で土佐藩の助けにもなり、日本全体の助けにもなったのであります。

 今の日本においても、県というのはもともと中央集権制度の用語なわけですよね。郡県制度というのは、これは中央集権の制度の用語なわけでありまして、県というのはもともと中央の出先という意味であり、また知事というのは中央が派遣した地方長官という意味であります。もちろんアメリカの州知事も、ガバナーは元は総督と訳されたように、植民地支配をするため本国から派遣された人というのが元々の意味でありますけれども、それがアメリカの民主化が進む中で州の人から選ばれた州の代表をガバナーと呼ぶようになっている。そういう意味では、県という言葉を使っているからといって、今の県が完全に中央の出先であるわけではなく、今の知事が中央から派遣された地方長官であるわけではないのですけれども、やはり運用面で、未だに中央集権の歯車の一部であるというような感じを引きずっている、ということは言えると思います。そうでなければ、これほど地方分権、地方分権ということが騒がれないわけでありまして、やはりもっともっと地方分権していかなければならないということは、今の、さらには今までの県のあり方ということから変わっていかなければならない。知事もまた今までの知事というあり方から変わっていかなければならない、そういう意味で脱県をお勧めするわけであります。

 ちなみに、今日の雄県、これは幕末の雄藩というのをもじっていて、幕末の雄藩として薩長、あと土肥、土佐に肥前ですね、薩長土肥とか言われますけれども、実は最近私つらつら思うのは、南部藩というのは隠れた雄藩だったのではないかなということであります。原敬総理が誕生したときに、原敬総理の前の総理大臣というのはほとんど薩摩、長州の出身でして、薩長以外の人は大隈重信首相と西園寺公望首相の2人だけ。大隈重信さんは肥前、佐賀ですね。西園寺公望さんは公家の出身でありまして、だから南部藩から総理を出すというのは、南部藩ももう雄藩の一つと言っていいのではないかと。

 明治に入りますので、南部と岩手というのが混然一体となり、旧伊達藩の県南部も含めて言いますけれども、斎藤実総理が偉くなっていくプロセスの中で、山本権兵衛海軍大臣の下で海軍次官をやって、それで認められて、やがてご自分も海軍大臣になり、そして総理大臣になっていくのですけれども、山本権兵衛という人は薩摩の出身なのですね。そして山本権兵衛さんは、共慣義塾という南部の殿様が明治になってから作り東京に開いた英語塾、この共慣義塾というのは新渡戸稲造さんがそこで学んだということで有名で、新渡戸稲造研究家とか新渡戸稲造ファンは共慣義塾ってよく知っているのですけれども、そこは原敬さんも一時身を寄せましたし、南部藩やあるいは県南も含めて岩手から明治に世に出た人のかなりが共慣義塾を経ているのですけれども、薩摩の山本権兵衛さんもそこを出ているのです。薩摩藩の出身者がかなり共慣義塾に入ったそうであります。原敬さんも薩摩出身の井上馨外務卿に認められて外務省に入っていますし、何か薩摩と岩手というのは時代を一緒につくっているというところがあるのですね、明治から大正、昭和にかけて。

 ということで、賊軍史観という、伊達藩もそうですけれども南部藩は賊軍だった、だから明治、大正、戦前は基本的に虐げられていて、なかなか中央でも活躍できなかったというような賊軍史観があるのですけれども、実態からすると、明治維新以降、日本最大の人材輩出県は岩手県であると司馬遼太郎さんが言い切っているように、雄藩なわけです、岩手県は。

 ですから、話をもとに戻しますと、幕末ですら、戊辰戦争で負けたときですら雄藩だったのだから、今であれば本当にもう何の恥ずることもなく雄県として活躍していいのではないかと思っております。率先して古い県から脱皮していこうということであります。

 そして、「脱県して自由になった岩手県は、日本を洗濯したり、世界の平和や繁栄に貢献するなど、全地球規模で活躍する」「日本を洗濯する」というのは、坂本龍馬がかつて手紙に書いたせりふでありまして、日本を洗濯するというのも日本を洗濯機の中に入れて、スイッチを押してぐるぐる回せば洗濯ができるわけではなく、洗濯というのは、服一つ一つ、ここが汚れている、ここの汚れを取ろうとか、そういうきめ細かい対応が洗濯ということでありまして、少なくとも坂本龍馬の時代の洗濯というのは、そういうことだったと思います。

 日本を洗濯しようというのが、先ほどの話につながるのですけれども、地方の現場を顧みないで日本を洗濯しようと思っても日本はきれいにならない。というのは、落とすべき汚れというのか、よくしていかなければならない暮らしや仕事は、地方の側にあるわけですから、地方をきれいにきれいにしていって日本全体がきれいになっていく。日本を洗濯するその洗濯の対象は、実は地方なのだということだと思います。それをきちっとやることで日本全体がきれいになり、また世界にも役に立つ。

 今回全国知事会議に行った前後に、東海地方に行ったので日本を代表するような会社の指導的立場にいる人とも会って話をしたのですけれども、アメリカの景気が、とにかく早く回復してほしいということなのですけれども、岩手で新しい時代にふさわしい雇用レジームの立て直しと福祉レジームの立て直しを地方からやってみせれば、これはアメリカの参考にもなると思います。アメリカは、経済、雇用政策も市場任せで、社会保障や福祉政策というのも最低限でやってきて、もうぼろぼろになってここまで来てしまっているので、アメリカも今これからどういう方向に進めばいいか、悩んでいるところだと思います。

 これは、国柄とか国民性に違いはあったとしても、21世紀の情報化社会、またグローバル化の時代において人々の生活を保障していくにはどうすればいいかというやり方は、そんなに違いはないのだと思います。政治思想として社会自由主義というのが大体世界全体に広がっているというのも、そういうことだと思います。

 岩手でそういうことをきちっとやることができれば、これはオバマ大統領も参考にしたいと思うかもしれない。県職員一人一人が、みんなが坂本龍馬になったつもりになって、オバマ大統領に何か参考になることを見せてあげるというような感覚で、それぞれの仕事をやってもらうとすごくいいのではないかなと思います。

 今日は、こういう「岩手県I援隊化構想」という、ビジョンとか理念とか、あるいは気の持ちようの話をしましたが、もしこれがおもしろいなとか、いいのではないかなとか思うのであれば、それぞれの部署でこれをもう少し組織的に制度化、具体化する工夫もしてもらうといいのではないかなと思います。

 県全体としても長期計画の推進体制として、アクションプランの作り方に参考になると思いますし、あとは来年度の機構改革とか、そういったところの参考にもなるかもしれません。また、来年度予算の事業をいろいろ組み立てていくときにも参考になればと思います。ということを最後に述べまして、私からの講話を終わります。ありがとうございました。

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